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長崎家庭裁判所 昭和52年(家イ)187号 審判

本籍 なし(出生届未済)

住所 長崎県長崎市×町○番○号

申立人 (通称)信子

右法定代理人親権者母 小川良子

本籍 長崎県長崎市○町××番地

住所 長崎県長崎市×町○番○号

相手方 小川明夫

主文

相手方は申立人を認知する。

理由

一  申立人は主文と同旨の審判を求め、その原因となる事実を次のとおり述べた。

(一)  申立人の母小川良子は、スリランカ国籍を有するフランカ・アキネダプラージャ・マセイオ(以下、マセイオという。)と英国ロンドン市において、昭和四八年一一月二一日英国法に基づき婚姻し、同市で夫婦生活を営んでいたところ、やがて夫婦関係に破綻をきたし、同四九年三月ころ、単身日本へ帰国して同人と別居し、それ以来事実上離婚状態となり、その後同五二年六月一〇日同人との離婚の裁判が確定するに至つたが、帰国このかた同人と性交渉をもつようなことは全くなかつた。

(二)  ところが、右良子は同四九年秋ころ、渡英以前から情交関係のあつた相手方と再び親密となり、やがて申立人を懐胎するに至つたので、同五〇年九月二一日相手方と結婚式を挙げて事実上の夫婦となつて同棲生活を送つているうちに、同五一年一月二六日相手方の子である申立人を分娩し、その後マセイオとの離婚手続を終えたので、同五三年一月一〇日正式に相手方との婚姻届出を了した。

(三)  申立人は、真実右良子と相手方との間に出生した嫡出でない子であるが、出生当時母である良子とマセイオとの間にはなお法律上婚姻が継続していたため、マセイオの子であるとの推定を受けるので、出生届出前に真実の父親である相手方に対して認知の請求をする。

二  当裁判所調停委員会の昭和五二年八月一日の調停期日において、当事者間に主文同旨の審判を受けることについて合意が成立し、その原因となる事実についても争いがなく、本件記録添付の各資料及び事実の調査の結果によれば、申立人主張の事実はすべて肯認できる。

三  右認定事実によれば、申立人と相手方間に血縁上の父子関係があることは明らかであるが、しかし申立人出生当時、その母良子がスリランカ国人マセイオとの間に法律上の婚姻関係にあつたので、認知請求についてはもとより、その可否を決する前提問題たる嫡出性の有無についても国際私法上の問題として扱わざるをえない。

まず、本件について日本の裁判所が裁判権を有し、しかも当裁判所が管轄権を有することは、申立人及び相手方いずれも肩書住所に居住することから、問題なく肯定できる。

次に、認知の準拠法について判断するに、法例一八条によると、子の認知の要件は、その父に関しては認知の当時父の属する国の法律によりこれを定め、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律によりこれを定める旨規定されている。従つて、父たる相手方については日本民法によるべきであり、また子たる申立人については、母良子が日本国民であつて、後記のとおり父が知れない場合に該当すると解されるので、国籍法二条三号により日本国民と認められるが、たとえ申立人が国籍を有しない者と解されるとしても、法例二七条二項によりその住所地法である日本民法によるべきことになるから、結局、いずれにしても、本件認知の要件は日本民法によつて決せられるというべきである。

ところで、日本民法によると、被認知者は嫡出でない子でなければならないから(民法七七九条)、相手方が申立人を認知するためには、申立人が嫡出でない子であることを要する。そして、法例一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているところ、申立人の出生当時、母良子はスリランカ国籍を有するマセイオとの間になお法律上の婚姻関係にあつたのであるから、申立人が嫡出であるか否かはその母の夫マセイオの属するスリランカ国の法律によつて定めるべきことになる。スリランカ国証拠法一一二条によれば、妻が婚姻中又は婚姻解消の日から二八〇日以内に出生した子は、夫の子と推定されるが、ただし、子が懐胎されたと思われる時期に夫が妻と性交渉をもつことが不可能であつたか、または夫が性的不能者であるかのいずれかを証明すれば右の嫡出推定をくつがえすことができる旨規定している。そして、スリランカ国においては、現在もなお旧宗主国である英国の法令類を準用しているところ、英国においては嫡出推定をくずすのに、何らの特別な訴を必要とせず、適宜その存否を個々的に、また先決問題としても争いうるのであるから、本件において、この嫡出推定を争いうるというべきである。

そこで、本件についてみるに、申立人の母良子とその夫マセイオとは、申立人出生に先立つ約一年一〇か月以前から事実上の離婚をして別居し、性交渉を全くもたなかつたことが明らかであるから、嫡出の推定はくつがえされたというべく、従つて申立人は嫡出子でないことはもとより、マセイオとの間に血縁上の親子関係もないので非嫡出父子関係も存在しないことはいうまでもない。(ちなみに、申立人と母良子の夫マセイオとの間に血縁上・生理上の父子関係もなく、また事実上の父である相手方との間に、未だ法的に父子関係が認められていない場合は、国籍法上の父があるとはいえず、結局「父が知れない場合」にあたり、それに申立人の母良子が日本国民であるから、申立人は、国籍法二条三号により日本国籍を取得しているものと解される。なお、申立人はセイロン市民権法にいう「セイロン市民」たる地位即ちスリランカの国籍を取得していない。)

従つて、申立人はその母良子と相手方との間に出生した嫡出でない子であることが認められるので、申立人が相手方に対して認知を求める本件申立は、日本民法によりすべて認知の要件をみたしているといわざるをえない。

四  よつて、本件申立は理由があるので、家事調停委員○○○○、同××××の各意見を聴いたうえ、家事審判法二三条に則り、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山田勇)

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